スタッフ紹介

院長:河村哲也

院長:河村哲也

出身
群馬県安中市生まれ
家族
華の独身・・・(涙)
職歴
30まで金属加工の仕事を経て、31で整体業界
趣味
外食をして、美味しいところを教える
資格
仙台操体医学院認定・操体師、中国推拿整体療術師、SメソッドMajic Artsセミナー修了、ニュートラルマインド基礎講座修了、英検3級(持っているだけで会話はもちろん、読み書きできません!)
やりたいこと
心理学、分析学を学んでさらにメンタルに悩んでいる人たちの手助けをすること。内臓(4DS)ヨガを習ってるのでヨガ教室を開く
好きな言葉
「がんばらずがんばりな」私の師匠、今先生からのお言葉です。

整体師の前は、工場で汗だくで働いてました

整体師の前は、工場で汗だくで働いてました

私は整体のお仕事をする前、
富岡市にある金属加工のお仕事をしていました。

主にコンプレッサーなどの部品を作っていました。
31歳の1月に、急に自分の今後について
悩みが強くなってきたのです。

「このままでいいのだろうか?」

そんな悩みを抱えている影響なのか、
毎日不良品を作ってしまい、
周りや上司に怒られてばかりでした。

そんな日々を送っていると

「うつ」になっていました。

やる気が起きない、一人になると
涙がでる、楽しかったものが楽しくなくなった。

周りから「頑張れよ!」という言葉が
本当に辛かったです。

「俺の気持ちを考えずに・・・」
「そんなことわかってるよ・・・」
こんな思いでしたね。

無理やり仕事に行ったり、友人と遊びに
出掛けてたりもしてましたが、
当時を知る友人からは
「あの時のおまえ、まじでやばかったよ」
と言われたこともあります。

このままではいけないという気持ちもあったので
占い師さんのところに行って話を聞いてもらったり
していた時もありました。

ただ、自分のことを詳しく知らない第3者の方に
お話を聞いてもらうだけで、何となく気持ちが
軽くなったのは今でもはっきり覚えています。

整体師になるきっかけ

整体師になるきっかけ

悩みまくってたある時、
ふと「整体」という文字が
頭の中に浮かびました。

工場で働いていた時、肩こりや
頭痛、腰痛にも悩んでいた時、
週に1度整体や足つぼマッサージを
受けていた時がありました。

「もしかしたら、俺は整体の仕事したいのか?」

と自分自身に問いかけ続けました。

整体を受けると確かに体も楽になる。
精神的にも楽になるのは確かでした。

整体を学んでいけば自分にとって
大きな財産になるのではないか?

こんな想いがでてきたのです。

これだ。この道を進んでみよう
という気持ちになり大きな不安が
どんどん小さくなってきました。

整体で悩みを抱えている人たちの助けになりたい。

そんな自分の感覚を信じて整体学校の入学を決めました。

整体学校なら色々本格的に学べるだろうと。

私が受講したのは足つぼともみほぐしの整体でした。
これで新たな人生が始まるんだとわくわくしてました。

ですが・・・

わくわくから再び・・・

いざ入学して受講したら正直嬉しさや
感動があまりなかったのです。

あれ?何かが違うという気持ちが出てきたのです。

もちろん足つぼやもみほぐしは素晴らしいものです。
否定はするつもりは一切ありません。

何故あまり感動がなかったのか?
当時の私には全くわかりませんでした。

小さな不安が段々と大きくなってきたのです。

「どうなんるだ?選択が間違っていたのか?」

このような気持ちが抑えきれませんでした。

金属加工の仕事をしながら
整体学校に通う日々を過ごしていましたが、
他にどんな整体や治療法があるか気になり
調べていた時期がありました。

カイロプラクティック、オステオパシー、
気功などこの世には沢山あるんだなと
インターネットで調べていました。

そんな時偶然か、必然か
「操体法」に出会いました。

なんだ?これは??

調べてみたら直接患部に触れずに
肩こりや腰痛が治っていく手技だと知り、
初めはあまりというか、ほとんど信じられませんでした。

まずは動画があるか検索しました。

私が初めて拝見した操体法の動画はこちら

当時の感想は、はっきりいって頭の中で
はてなマークが多く飛んでいました。

これって、本当なの?という思いと同時に
とても気になっている自分がいました。

試しにこの操体法を体験しようと思い、
群馬で操体法を施術しているところを探しました。

偶然にも私が以前働いていた会社の近くに
操体法で施術をしているお店があったので驚きました。

衝撃の体験

初めて操体法を体験した感想は、驚きとビックリの連続でした。

自然と体が動いてきて、それもとても気持ちいい。
マッサージでは体感できない全く別の心地よさでした。

何度か通院させてもらったら不思議と
うつの症状が全くでなくなったのです。

これだ!操体法がやりたいんだ。
本当に学びたいのはこれなんだと確信しました。

大きな不安から希望に切り替わっていました。
すぐに操体法を学べるところを探しました。

大きな決断、師匠との出会い

当時は操体法を学べるところは
私が知る限りはあまりありませんでした。
東京か仙台か京都ぐらいしかなかったと思います。

良い機会だから一度群馬から出て1人暮らしをしようと思い
仙台操体医学院で操体法を学ぼうと決断しました。

それからの行動はとても早かったです。

仙台に行ってアパートを探したり
親に移住したいと相談したりと。

あまりの行動の連続で友達や家族が
とても驚いていました。

そして群馬から旅立つ日の夜、
高速バスに乗り込んで仙台に向かったのです。

私が仙台に移住したのは12月半ばで、入学は1月でした。
ですが私は我慢できなくなり、つい電話をしました。

突然なことでも来ていいよと言ってくれました。
緊張しながら会いに行ったのは、はっきり覚えています。

何を話したのかはほとんど覚えていませんが、
師匠である今昭宏先生の器の大きさに感動していました。

たのらく整体院の前は違う屋号でした

たのらく整体院の前は違う屋号でした

私が操体法を学ぶために仙台に移住して
仙台操体医学院の授業のあとの食事会でのことです。

当初、私は苗字からとって「河村屋整体院」に
しようと考えていました。今先生や当時の学生のみんなが
「はちみつ整体院」にしたら?提案がありました。

私の父親は養蜂をしています。仙台操体医学院のみなさまに
父親が作り上げた蜂蜜を喜んで召し上がってくれました。

そんな流れもありみんなで提案してもらったのですが
正直そのときは(え~…)と思っていました。

その日の帰り路に今先生と今貴史先生に
車で当時住んでいたアパートまで送ってもらっていたときに
今先生からとても深いお話しをしていただきました。

以下枠内の文章は仙台操体医学院ブログ内の引用です。
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今です
こんばんは。

「みつばち操体」

お父さんが「はちみつ名人」の河村さんの代わりに
私がちょっとだけ書いてみます。
暇な人だけ読んでみてください。

みつばちさんは、日々花の蜜を巣に運びます。
だんだんハチの巣がはちみつで満たされてゆきます。
その蜜を私たちはおいしくいただけるわけで、
ありがたいわけです。

さて、みつばちさんはリンゴの実を実らせようとして
働いているのでしょうか?。
目的はぜんぜんそんなことではないわけです。

リンゴの実のことなど考えていないのに、
無意識にリンゴを作るお手伝い(受粉)を
してしまっているだけです。

みつばちさんたちは、きっと花の蜜がおいしいんだと思います。

操体の橋本敬三先生は、お医者さんなのにいつも
「治療など下の下だ」と笑っていました。
先生自身が気持ちよく生きていて、気持ちのいいように生きなさい。と
「感覚」の大切さを教えてくれるヒトでした。

できないこと(直す)は後にも先にも難しいものです。

みつばちの 姿に学ぶ ヒトの世の
仕組み解りて 何をなすかな

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このお話しを聞いてアパートについてからも感動していました。
このこともあり整体院名を「みつばち」を使おうと決心しました。

操体法にこだわっていきたいという気持ちから
「みつばち操体院」に決めました。

このお話をもうちょっと続きます。

私が群馬に帰る時期のことです。
医学院での授業の後の食事会である方から
「まほろば」の意味をお聞きして
この「まほろば」をつけたいと思いました。

その方とは、クリスタルボウル奏者、
ホリスティックセラピスト遠藤園子さんです。

園子さんは仙台を中心に
活躍されているクリスタルボウル奏者です。

クリスタルボウルとは、超古代文明アトランティスに由来する
ともいわれている楽器でもあり
ヒーリングツールや瞑想、
ヨガ等のBGMとして使われています。

園子さんは仙台操体医学院の講習会修了者でもあります。
今でも医学院に顔を出してくれて楽しいお話をしてくれます。

その時に園子さんから「まほろば」の
意味を教えてくれました。

「まほろば」とは、「まほろ」と「ば」の
二つの言葉が合わさったものなのです。

「まほろ」とは
このうえなくすばらしい
このうえなく美しい
このうえなくここちよいという意味であり

「ば」とは場所です。
「まほろ」と「ば」が合わさり
「このうえなく心地よい場所」
という意味になります。

まさしく私が目指していきたいそのものです。

まほろばの意味を知った私は、付け足したいと決心して
「みつばち操体院 まほろば」となりました。

わたしの役目

わたしの役目

そして色々なご縁もあり故郷の安中市で開院しています。

この仕事で悩んでいる方たちの助けになれるよう、
日々学び続けて貢献していけるようにしていきます。

西洋医学や東洋医学でどっちが正しいとか間違っているとか
そんなことを言ってる場合ではないと思うのです。

症状に苦しんでいる人たちの苦しみを解放して
心から笑顔になってもらえるようお手伝いをする。

「こころたのしくからだらくに」

この思いを忘れずに精進していきます。